
- 2025.09.18 REPORT
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【REPORT】玄月音夜會第四夜 西松布咏さんの艶と切なさ
2025年9月10日、松岡正剛追悼「玄月音夜會」の第四夜を開催しました。ゲストは邦楽家の西松布咏さん。
セイゴオと布咏さんとの出会いは1994年。松岡事務所と編集工学研究所の「社内行事」のために、セイゴオがツテを頼って特別ゲストとして布咏さんをお招きしたことが、長きにわたった交流のはじまりでした。
布咏さんの唄と三味線にすっかり惚れ込んだセイゴオは、以降、主宰する日本文化塾などの場に何度も布咏さんをお招きしては、江戸時代から伝わる日本の唄をご披露いただいてきました。布咏さんが開催する邦楽の会に、セイゴオがゲストとして招かれて話をすることもありました。
音夜會は、セイゴオがことさら好んでいた曲や、布咏さんにとってセイゴオとの特別な思い出のある曲を組み合わせた入念なプログラムによって進行。日本の唄に秘められた「意気」や「切なさ」がしんしんと本楼に降り積もる一夜となりました。
さらに北園克衛の前衛詩に布咏さんが曲をつけた衝撃的な作品をセイゴオの面影をたどりながら演奏、最後は布咏さんがセイゴオと交わしながら果たせなかった「ある約束」にちなむ地唄を、静かに力強く唄って、締めくくられました。
本楼の高窓の障子には、この日、小森康仁をリーダーとする設営チームのアイデアで、花街ふうの装飾が取り付けられた。
音夜會は端唄「闇の夜」で開演。布咏さんが夜の「本楼」を訪れたときに吉原を連想したことにちなむ。途中の歌詞をアレンジし、「松岡正剛」の名を呼びこむ。
進行の太田香保(松岡正剛事務所)が、布咏さんとセイゴオとの出会いを紹介。じつはセイゴオがスタッフたちの誕生祝いのサプライズとして、布咏さんにみずから出演依頼をしたことがきっかけだった。
端唄「秋の夜」「忍ぶ恋路」、新内小唄「仇名草」、富本「露時雨」。いずれもセイゴオが好んだ曲であり、布咏さんにとっても特別な思い出のある曲。演奏の合間の語りの艶やかさと切なさもあいまって、来場者は布咏さんの一音一音に身も心も絆されていく。
セイゴオ作詞・布咏さん作曲の「織部好み」を、セイゴオ・布咏さん共通の“弟子”である俊咏さん・咏治さん・川崎さんの三人の唄で披露。手元の歌詞カードでセイゴオが仕込んだ掛詞とアヤの巧みを味わいながら、来場者も小さな声で口ずさむ。
「織部好み」の歌詞をセイゴオが書き留めたメモ用紙を披露。布咏さんがずっと大切に保管してきた。「苦労もなくすらすらと書き進める松岡さんの背中がいまも忘れられない」と語る。
休憩の入りでは、まほろ堂蒼月の女将・山岸美沙さんがこの音夜會のために用意したオリジナル菓子を紹介。
9月の重陽の菊、セイゴオの俳号玄月の月、織部好みの「緑」などいくつもの意味を重ねて職人技でつくられた上用饅頭。もともと特別な立場の人しか食べられなかった菓子だそう。
第二部は歌沢「お月さん」、上方唄「弓張月」と、玄月セイゴオの面影に寄せた唄から。北園克衛の詩に布咏さんが曲をつけた「黒い肖像」では本楼が一気に別世界に。スクリーンにセイゴオの肖像写真を組み合わせた映像が流れ、そこに布咏さんの鋭い撥さばきが二重写しになる(セイゴオの写真はアートユニットTable Ensembleによるもの)。
「黒い肖像」につづいて、同じく北園克衛の詩「BLUE」による布咏さんのオリジナル曲を演奏。セイゴオが2004年の千夜千冊達成記念イベントのために、布咏さんに演奏を所望した曲である。聴き手の胸を突き刺すような布咏さんの声と三味線の音に圧倒される。
ラストは地唄の大曲「ゆき」。松岡は「いつか布咏さんのリサイタルを演出したい」、布咏さんは「そのときにはこの曲を歌いたい」と互いに約束を交わしていたが、とうとうその「いつか」は叶わなかった。本楼の灯が落され、布咏さんはずっと目を閉じたまま、万感の思いを込めてセイゴオに届けるために唄った。
演奏会後は恒例の白百合醸造さんによるワインと食事による歓談。音夜會マダムこと傳田京子さんが、白百合醸造マダムの内田由美子さんとそのご子息圭哉さんを紹介。
玄月の「月」のほかに、「黒い肖像」「BLUE」「ゆき」など、布咏さんの用意したプログラムを取り込んだ、驚くほどファンタジックなフィンガーフード。
*松岡正剛追悼「玄月音夜會」、第5回は10月22日(水)、作曲家・編曲家・キーボード奏者の井上鑑さんをお迎えして、開催いたします。