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特別映像 松岡正剛 歪んだ真珠特別映像 松岡正剛 歪んだ真珠

 2018年12月、松岡が塾長をつとめる「ハイパーコーポレートユニバーシティ AIDA」を奄美で開催した折り、奄美の自然と歴史文化に通じている今福龍太さんに格別なプログラムを組み立てていただきました。
 今福さんは、松岡と奄美宇宙との出会いに神話性を帯びた機縁を感じとり、そのようすを写真家の濱田康作さんとともに一篇の映像作品に仕立ててくださいました。あくまで松岡へのプライベートな贈り物としてつくられた映像だったのですが、今福さんのご厚意により、このたび当ちゃんねるで特別公開させていただくことになりました。以下、今福さんによるイントロダクションとともに映像をご堪能ください。

INTRODUCTION今福龍太

 炎暑がようやく静まった、十二月初旬の透明な光あふれる奄美大島の森や汀を寡黙に遊歩する松岡正剛。その姿と佇まいは、ひときわエレガントであった。グレースが滲みだす、といえば本人は含羞(はにか)むだろうか。シマの霊気との交響によって生まれるつつましい気品と、神のものとも見紛う慈悲の気配。闊達と諧謔の小径をゆく心身のアクロバット。おもわず「グレーシャス!」(おや、まあ!)とつぶやきたくなるその存在感は、奄美の風景にたいする恩寵でもあるかのように、穏やかでまどかに輝いていた。20年にわたって、さまざまに特別の友人・客人を奄美に招いてきた私にも、この風景の交響が示す恩寵の気配は稀なるものと映った。
 奄美宇宙の森羅をまるごと受けとめるには心の胆力と身体の秘法が要る。大いなるものを受けとめて動ぜず、機敏にうごく霊力と邪気とをひとしく捌(さば)きながら、珊瑚砂のまぶされた道なき道を、謎をかたわらに抱いて決然と歩む偶有性のアートが。松岡正剛と奄美宇宙が反応しあって生成した像は、そんなアートが生まれかけているという実感を私にもたらした。
 その像を見ながら、ふと「バロッコ」ということばが浮かんだ。ロラン・バルトに捧げられた著書『バロッコ』のなかで、キューバ生まれの異端的作家セベロ・サルドゥイは、純粋や均整からの逸脱、豊穰なる変形の機知を人間の神話と記号作用の本質とみなし、それをポルトガル語の「歪んだ真珠」に由来する「バロッコ」という音で受けとめた。であれば、aとoの二つの明るい母音が、森のbと珊瑚のrという翳ある子音を従えて乱反射・不協和しているのが奄美という「歪んだ珠玉」だろうか。そんな歪んだ真珠を自然界に見出す者は、こんどは徹底的に手の込んだ歪みを、人工的な技芸と文彩によって生成させようと試みる。この矛盾と背理と転倒の彩のなかに、思考と表現の別様の可能性が隠されている……。松岡正剛はガジュマル樹の影でそう歌っているように見えた。
 私は、奄美の盟友である写真家の濱田康作とともに、このバロッコの不意の顕現を二重露光の像のなかに探ろうとした。松岡正剛の著書『擬』から自由に取り出されたことばの断片が、濱田康作による多重化されたコンタンジャンスの風景のかたわらで、さらなる装飾的なダンスを踊るのを目撃しようとした。そして、作曲家藤枝守によるバロックを突き抜けてピタゴラス音律へと遡行する純正調の響きが、この映像の襞々を古楽器の弦に見立ててかき鳴らしていくのを、楕円の夢のなかで陶酔しながら聴いたのである。

今福龍太Ryuta Imafuku

文化人類学者・批評家。1980年代初頭からメキシコをはじめラテンアメリカ各地でフィールドワークに従事。クレオール文化研究の第一人者。奄美・沖縄・台湾の群島を結ぶ遊動型の野外学舎〈奄美自由大学〉を2002年に創設し主宰する。奄美では唄者、琉球では詩人として知られる。国内外の大学で教鞭をとり、ブラジルのサンパウロ・カトリック大学では随時集中セミナーを持つ。著書に『ミニマ・グラシア』『薄墨色の文法』『ジェロニモたちの方舟』『レヴィ=ストロース 夜と音楽』『ヘンリー・ソロー 野生の学舎』(讀売文学賞)『ハーフ・ブリード』『ブラジル映画史講義』『宮沢賢治 デクノボーの叡知』(宮沢賢治賞・角川財団学芸賞)『原写真論』ほか多数。主著『クレオール主義』『群島-世界論』を含むコレクション《パルティータ》全五巻(水声社)が2018年に完結。最新刊に『ぼくの昆虫学の先生たちへ』。

川本聖哉 Seiya Kawamoto
濱田康作Kosaku Hamada

写真家。奄美大島竜郷町生まれ。名瀬市にて写真スタジオ《KOSAC EYES》を経営。奄美の "移ろいの汀" に身を置きつつ、幼年期の記憶に残る島の原風景と混淆の姿を映像表現へと昇華させる独自の手法を探求する。写真集に『北緯28度の森』『MABURAI──静かなる豊穰』『奄美──太古のささやき』『奄美──神々とともに暮らす島』など。1999年、アレクサンドル・ソクーロフ監督による奄美を舞台とした映画《ドルチェ》の制作に協力する。今福龍太とともに〈奄美自由大学〉を創設し、音楽・ダンスや詩の朗読などとのコラボレーション映像作品も数多く生み出している。

藤枝守Mamoru Fujieda

作曲家。カリフォルニア大学サンディエゴ校博士課程修了。作曲を湯浅譲二やモートン・フェルドマンらに師事。ハリー・パーチやルー・ハリソンの影響により純正調による新たな音律の方向を模索。植物の電位変化データにもとづく《植物文様》という作品シリーズをつぎつぎとリリース。代表作に『Patterns of Plants I・II』など。近年は、焼酎発酵音響や織機の振動にもとづく舞台作品なども精力的に発表している。著書に『増補 響きの考古学』『響きの生態学──ディープ・リスニングのために』など。今福龍太とは〈奄美自由大学〉において数々の実験的な音響場づくりの試みを共同で続けている。