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松岡正剛の方法と構想

方法の時代のための構想

 松岡正剛は「21世紀は、主題ではなく、方法の時代である」と語る。今日、国際社会においても日本においても、経済・社会・文化・科学のあらゆる分野について、テーマやコンセプトはほとんど出尽くしている。これからは「方法」こそがコンセプトとなり、コンテンツになるのだという。

 松岡正剛の考える「方法」の骨格をつくっているのは「編集工学」である。『知の編集工学』『知の編集術』、さらには[イシス編集学校]などを通して松岡が提唱してきた「編集工学」は、とりわけコンピュータ・ネットワーク社会を生き抜くための有効なスキルとして、大学の授業や企業研修や地域活性化構想などにさまざまに採り入れられてきた。

 しかし、「編集」はたんなる「知の技法」ではない。松岡正剛は古今東西の知のアーカイブを総点検し、そこから新たな21世紀の「知の遺産」を創出するための構想に取り組みつづけてきた。

知識を編集するのではなく、
編集を知識にするべきである。
編集とは、「方法の自由」と
「関係の発見」にかかわるためのものである。

ライフワーク[千夜千冊]

 2000年2月から松岡正剛が連載を開始した「千夜千冊」は、毎夜1冊ずつの本を取り上げ、2004年7月に1000冊を達成。その後も更新を重ね、2013年3月に1500冊を突破した。そのカバーする領域の広さ、平均5000字近い濃密な内容、時代やテーマを超えて「本」から「本」へと連環するキーワードリンクによって、ブックガイドとしてのみならず、他の追随を許さぬエンサイクロペディックなwebコンテンツとして、月間100万アクセス(pv)を誇るまでになっている。

2006年には第1夜から第1144夜までを、松岡の編集的世界観にもとづく7つのテーマによって編纂しなおした全集が求龍堂から出版。さらに、2018年からは文庫版の「千夜千冊エディション」シリーズの刊行を開始(角川ソフィア文庫)。全集とはまったく違う構成編集によって、『本から本へ』『デザイン知』『文明の奥と底』『情報生命』などのタイトリングで展開している。

千夜千冊 http://1000ya.isis.ne.jp/

ライフワーク[千夜千冊]

[イシス編集学校]と師範代育成

 松岡正剛は、研究母胎である編集工学研究所とともに、学校教育、生涯学習、企業研修など、あらゆる教育の現場で「編集工学」によるカリキュラムおよびプログラム設計、ソフト開発に携わってきた。

 2000年6月には[イシス編集学校]を創始、これまで数万人もの生徒に編集工学を伝授し、750人を超える「師範・師範代」(編集コーチ)を生み出した。世界で初めてのインターネット上の学校、eラーニングのユニークな成功事例として、その成果が注目されている。

[イシス編集学校]と師範代育成

図書街・松丸本舗・エディットタウン

 松岡正剛は、「本」は人間の知覚や認知の仕組みに適った普遍的な「意味のパッケージ」であると考えている。「本」という単位や構造を生かして知識情報の相互編集を可能とするシステムの研究開発にも長年取り組んでいる。そのひとつが、古今東西の600万冊の書物をつなぐ仮想空間「図書街」構想である。さらに、独自の「編集的世界観」を全20項目に体系化したコード集「目次録」を編纂、これを「知のマザーコード」とする本の連想システム構想も推進してきた。

 2009年には丸善とのコラボレーションにより、松岡の「本」への思いと思想を込めた「松丸本舗」を丸の内オアゾビルにオープン。3年間にわたる実験期間の全貌を2012年10月、書籍『松丸本舗主義』にまとめた。そのほか近畿大学の図書館構想などを経て、2020年には東所沢「角川武蔵野ミュージアム」に独自の書架配列システムによる「エディットタウン」をオープンさせた。

図書街・松丸本舗・エディットタウン<

編集工学の入り口

難問解決の方法 ─ 関係性の発見

 松岡正剛は、編集の入口は「関係性の発見」にあるとする。分野がちがうと思われているもの、一見似ていないと思われるもの、時間的・空間的に隔たりがあり、とうてい関係があるとは考えにくいもの。そこに新たに関係性の軸を設定し、結び付けていくことが、編集工学の第1歩になっている。

 松岡正剛が取り組んできた編集は、1冊の本に始まり、雑誌・年表・美術全集といったさまざまな紙メディアはもちろんのこと、ミュージアムやパビリオンや商店街などの空間開発、祭礼やイベント・国際会議などの演出、企業の商品戦略やCI計画・人材開発、映像・マルチメディアソフト開発まで、多岐にわたる。そのような多様な題材やテーマを前に、松岡正剛がまず始めに取り組むこと、それが「関係性の発見」である。

ややこしい「情報の海」に
まず句読点を打ってみること、
そこから「編集工学」の第一歩がはじまる。

編集工学の8つのプロセス

 1冊の本、1つのミュージアム、1つの企業。松岡正剛はそれらを意味情報の場ととらえてみる。そこに集まってくる情報の様相を見抜き、新たな意味のつながりを見つけ、関係の発見をおこす。

 その、編集のプロセスを、松岡は、『知の編集工学』や『知の編集術』において、8つの段階に分けて紹介している。

  1. 区別をする(distinction)───情報単位を発生させる
  2. 相互に指し示す(indication)───情報を比較検討する
  3. 方向をおこす(direction)───情報的自他の系列化
  4. 構えをとる(posture)───解釈過程を呼び出す
  5. 見当をつける(conjecture)───意味単位のネットワーク化
  6. 適当と妥当(relevance)───編集的対称性の発見
  7. 含意を導入する(metaphor)───対称性の動揺と新しい文脈の獲得
  8. 語り手を突出させる(evocation)───自己編集性を発動させる
編集工学の8つのプロセス

方法のためのガイドライン

 もうひとつ、松岡正剛が編集を発動するための基盤としているのが、次の6つのガイドラインである。これらは、いわば「編集工学」のための“道具立て”であるが、それぞれについて松岡正剛が培ってきた研究は、専門領域の研究者たちに大きな刺激と影響を与えてきた。松岡正剛がしばしば“博覧強記”と言われる由縁がここにある。

  1. コミュニケーションそのものの編集。記憶・思考・再生・記録の方法をつなぎ、システムとフローを同時に構想する。
  2. 編集素材の奥にひそむ情報の母集団の発見。さまざまな現象・資料・動向に生きているメタプログラムおよびメタゲームを発見する。
  3. すでに表現された世界像の再編集。文字・記号・図像・言語・科学体系・機械・建築・都市・祭祀・芸能などが発している情報の、多様な変容にかかわる。
  4. 「生きている情報」のメカニズムを工学的に応用する。生物の遺伝情報や人間の脳神経および免疫システムにひそむ情報編集方法を他の領域に応用する。
  5. 歴史的な情報文化技術の現在的適用。世界のコミュニケーションとメディアの歴史にかかわり、新たな研究開発に寄与させる。
  6. 自律的なエディトリアリティの発見と創造。さまざまな知覚活動や社会活動の場面をモデル化し、入れ替え自在の編集世界像を設定する。
方法のためのガイドライン

編集工学の出口

日本には
「日本数寄」とでも
いってみるしかないような、
一種のプロセッシング・メソッドがある。

「日本という方法」へ

 松岡正剛は日本文化研究の第一人者としても広く知られてきたが、とくに近年は「日本という方法」というコンセプトを提唱し続けている。日本の社会・文化における「デュアル・スタンダード」に注目するとともに、「あわせ・かさね・きそい」「もてなし・ふるまい・しつらい」など、日本的なコンセプトを二つ以上の組み合わせで提示し、デザイン、映像、電子メディア、空間づくりなどで、その応用を試みてきた。自治体が手がけるIT事業の先駆となった[京都デジタルアーカイブ]や、MITやパリで発表され反響を呼んだ[ZENetic Computer]など、日本のイメージ連想法や言語構造を生かしたプレゼンテーションでも常に話題を集めてきた。

 2011年の東日本大震災後は、日本の再興を「面影の国」「母なる国」というコンセプトに込めて、さかんに提言をしている。この考え方をもとに、経済産業省の「クリエイティブ・ジャパン」プロジェクトがスタートし、松岡は日本のマザーコンセプトを海外向けに発信するメディアの編集制作を担った。また同年より「週刊ポスト」で「松岡正剛のコンセプトジャパン100」連載も展開。

「日本という方法」へ

方法の魂を伝授する

 松岡正剛の日本研究の視点には、学校教育やデザイン教育、さらには企業の人材教育の現場からも、大きな期待が寄せられている。これまで「桑沢デザイン塾」「六翔塾」(積水化学)などの場で連続講義を行ってきたほか、自身も[時塾][半塾][際塾][上方伝法塾][幹塾][縁座][ハイパーコーポレートユニバーシティ]などの私塾を開き、日本の方法の魂を伝授してきた。

 とりわけ、2003年からスタートした「連塾」は、古今を自在にまたぎながら映像や音楽を駆使して「日本という方法」を立体的に伝授するのべ50時間の熱血講義が人気を呼び、各界で活躍するリーダーたちをはじめとする塾衆が回を追うごとに増え続けた。2009年から3年をかけてこの講義の全記録が春秋社から全3巻で出版されている。

方法の魂を伝授する

才能ネットワークとコラボレーション

 松岡正剛は、豊富な人材ネットワークの才能を引き出すディレクター、コラボレーターとしての活動を重視している。アート、デザインはもちろんのこと、伝統芸能や書道の目利きでもある松岡は、さまざまなアーティストたちに、新しい様式やスタイルによる作品を生み出す機会やヒントをもたらしてきた。

 近年は、組子を駆使した「手文庫」を秋田の木工職人と、引染めによる風呂敷を京都の職人と、オリジナルの黒織部を岐阜の陶芸家と制作するなど、ものづくりも手掛けている。

 「連塾」をはじめとするトークライブや、監修や企画構成を依頼されるさまざまなシンポジウムなどでも、デザイナー、建築家、写真家、茶道家元、ダンサー、ミュージシャンなど多彩な人々を登場させ、伝統回帰ではなく、新しい「日本という前衛」を拓くための切り口を見せてきた。

才能ネットワークとコラボレーション
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