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2019.10.10 REPORT

『編集手本』特別展レポート

2019年9月24日(火)〜29日(日)、「森岡書店 銀座店」で『編集手本』特別展が行われた。

 

森岡書店は銀座の中心街から徒歩5分ほど離れた路地の一角にある。
2015年のオープン以降、1週間単位で、たった1冊の本を展示販売するというスタイルを貫いている。二次元の本を三次元に展開し、その本の世界の中にお客さんを招くというコンセプトだ。

 

入口から見た「編集手本」特別展

 

店内は落ち着いた雰囲気を醸し出すランプ照明やダイヤル式黒電話などが置かれ、一つ一つの器具にもこだわりがある。白壁には『編集手本』の各ページがパネルで展示されて、机上ではセイゴオの書による連扇と本書のセットが特別販売されていた。

 




『編集手本』特別展内装のしつらえ

 

この仕掛けを考えたのは櫛田理さん(EDITHON代表)。かつて、編集工学研究所で松丸本舗などのブックウェアプロジェクトを担い、現在は独立して無印良品「MUJI BOOKS」を中心に海外にも活動の幅を広げている。

 


櫛田さん(左)と本の装幀を担当した佐伯亮介さん(右)

 

櫛田さんに『編集手本』をつくった背景を聞いてみた。

 

―――もともとぼくが編集工学研究所に入ろうと思ったのは松岡さんの編集した情報文化シリーズ『情報と文化』(NTT出版)を読んだことがきっかけだった。『情報と文化』は普通の本とちがって、テキストとビジュアルが並行して流れるようにレイアウトされている。この考え方と感覚に衝撃をうけた。その方法を学びたかった。

 

紙に印刷されて、物体の本になったものをぼくたちは書店で見るけれど、ぼくは本になる前の本があると思っている。それは手書きのメモだったり、小説の草稿だったりする。出版社、編集者とこの本になる前の本の“あいだ”をつなげ、読者が新しい体験や発見をできるようにしたかった。そのアイデアが『編集手本』というかたちになった。

 

今回の展覧会の意図については次のように語ってくれた。

 

―――従来の書店のような商業スペースのフラットな場のなかでは、本をホワイトキューブに並べるだけになってしまい、松岡さんが大事にしているようなもう一つ別の動的な世界観をつくるには至らない。

 

『編集手本』特別展では、本の中に入っているものをなるべく外に出そうということをコンセプトにした。例えば、本文に収録したハイパープリント(デジタル技術を駆使した超版画)の現物を壁に配置するとともに、やはり本の裏面に登場した松岡さん愛用のVコーンボールペン、灰皿(イノダコーヒー仕様)を販売し、また本の中では写真として切り取られていた「連塾」のシーンの映像を流した(当初はセイゴオが絶賛する「ガリガリ君」の販売も考えていたという)。本に一回入ったものを、もう一回本から飛び出させて、一緒にその場で販売するという実験を試みた。

 

リアルな空間の現場で松岡さんの世界観を表現できたことが嬉しかった。松岡さんには森村泰昌さんやワダ・エミさんに『編集手本』をご紹介いただき、本のことをより多くの人に知ってもらえた。

 


Vコーンボールペンとイノダコーヒーの灰皿

 


『編集手本』

 


『編集手本[特装版]』
本書の中にハイパープリントが収められた

 


ハイパープリント
左から「水神」・「双眼」・「母と子」(セイゴオ作)

 

「本と本以外のもの」をつないでくれたのが、森岡書店という場だったという。櫛田さんと店主の森岡督行さんは6年ほど前に中国上海で行われた「MUJI BOOKS」企画展で出会った。その際、選書に協力してくれたのが森岡さんだったという。その後、銀座の無印良品などでも一緒に仕事をするなか、今年7月に『編集手本』が第53回造本装幀コンクールで日本印刷産業連合会会長賞を受賞したことをきっかけに、本展が実現した。

 


森岡書店の森岡督行さん
「歴史的背景のある場所で、松岡正剛さんという現代随一の編集者の本を紹介するのは、とても意義があることのように思います」

 

今後の展望について櫛田さんはこう語る。

 

―――「おてほんシリーズ」は今後も継続したい。産業として出版業界自体は下火になりつつあるなか、著者の行為自体は写本の時代から変わっていない。手書きをされている著者の方や職業が文筆家の方だけではなく、どんな方でも対象になる可能性がある。

 

例えば、絶縁状をやり取りしている人々。絶縁宣言みたいなもので、続編をするのもおもしろいかもしれない。遺言状などをとりあげてもいい。あと、叱る。今の時代、なかなか叱るシーンが前に出づらいけれど、「おてほん」をコンセプトに、誰か、もしくは何かをおもいっきり叱ってもらう。その人たちの「おてほん」を紹介してみたい。やり方によっては、おもしろいシリーズになる。

 

ちなみに、今回、展覧会が行われた森岡書店が入っている鈴木ビルには1939年から「日本工房」という編集プロダクションが入っていた。土門拳、亀倉雄策、名取洋之助など、当時の第一線で活躍するクリエイターが集結し、日本の対外宣伝誌を作り、戦後日本の出版界を牽引していった。

 

そんな編集屋たちの挑戦の舞台で、セイゴオの方法を体現した櫛田さんの個展が行われたのも何かの縁だったのかもしれない。

 


森岡書店が入る鈴木ビル
1929年に建てられ、東京都歴史的建造物に指定された

 

文・取材:西村俊克