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2025.10.28 REPORT

【REPORT】玄月音夜會第5夜 井上鑑さん「言葉の船に導かれて」

2025年10月22日、井上鑑さんをゲストに、玄月音夜會第5回を開催しました。会場には鑑さんのたっての希望で、本楼初のグランドピアノが持ち込まれ、「言葉の船に導かれて」というタイトルのもと、セイゴオがかつて井上さんのコンサートのために提供した“次第のための和語”を添えたプログラムによって、全15曲が演奏されました。

 

井上鑑さんとセイゴオとの出会いは、1986年ごろにさかのぼります。セイゴオは、当時民営化を果たしたばかりのNTTのグループCFのディレクターをつとめることになり、音楽プロデューサー・大森昭男さんの紹介で、井上さんにCFの音楽の制作を依頼したのでした。

 

井上さんの才能にすっかり惚れ込んだセイゴオは、以来、みずから主宰する塾やクラブのゲストに招いては演奏やワークショップをお願いしたり、さまざまなメディアで楽譜付きのエッセイを連載していただいたり、また総合監修をつとめた平城遷都1300年記念イベントやミツカンのグループCFなどの仕事でも、音楽監督や音楽制作を担っていただいたりしてきました。

 

じつは井上さんとセイゴオには、共通の大恩人がいます。照明デザイナーおよび演出ディレクターとして、連塾をはじめとするセイゴオのトークライブのほぼすべてにかかわってくださった藤本晴美さんです。藤本さんはまた、井上さんのソロコンサートの照明や演出も手掛けられました。残念ながら藤本さんは2018年に逝去されました。

 

今回の音夜會は、セイゴオとともに、その藤本晴美さんへの追悼の思いが込められたものとなりました。

 

 

受付で、井上さんの編集・レイアウトによるミニプログラムブックを配布。前夜、音夜會スタッフたちが、夜なべ仕事で糸綴じ作業をして仕上げた。タイトル「言葉の船に導かれて」の上部に、セイゴオが井上さんに送った次第のための和語「染め」が置かれている。

 

「染め」の段として、まずピアノソロによる「A qui es Passport」「Guernica」が演奏される。ピアノの音の粒子が、たちまち本楼の本たちと呼応しあいながら空間を満たしていく。ピアノはヤマハ。音夜會当日の午前中、調律師の忰田勉さんによって、念入りに調整された。のちに井上さんは「忰田さんのおかげで、藤本さんにも松岡さんにも聞いていただけるレベルの音になった」と語っていた。

 

進行役の太田香保(松岡正剛事務所)からの質問を受けながら、生前のセイゴオと「いつか本楼で生ピアノを」という話をかわしていたというエピソードや、出会いのきっかけになったNTTのCFにかかわることになったいきさつなどを語る。

 

「はずみ」の段では井上さんの弾き語りによる「Soundings」「Bartokの影」。「見渡し」の段ではまずセイゴオ監修のNARASIAフォーラムで披露されたオリジナル曲「ならじあの歌」が奏でられ(楽譜もモニターに二重に投影)、そこから「5000 Oak Trees」へ、続いて「デュシャンの子」、山口小夜子さんへのオマージュが込められた「DIA」へと、音と言葉が綾なしながら、繊細に連ねられていく。

 

第一部ラストとなる「見切り」の段では、井上さんの代表曲のひとつである「Absolute」。おそらくセイゴオが何度も耳にし、堪能したであろう一曲だ。

 

休憩時間には、恒例の、まほろ堂蒼月さんによる和菓子とお茶をふるまう。今回のお菓子は、りんごの道明寺。あんのなかに刻んだりんごが入っている。店主の山岸さんは、井上さん編曲の大ヒット曲「ルビーの指輪」の「ルビー色」から連想したのだそう。

 

第二部「うたた」の段は、この映像からスタート。2007年12月の冬至の日に開催された「連塾 絆走祭」の一コマである。 “楽しいクリスマス”といった巷のムードを吹き飛ばすべく、セイゴオと井上さんがあえて寂寞とした冬至に浸るための歌「踏旬歌集(冬春夏秋)」を共作したことが明かされ、本楼の井上さんの演奏へと入っていく。

 

――冬の夜 ことだま 言吹き ことごとく

その音 こがらしにさえ なりぬべきかな

松岡正剛作詞「踏旬歌集」より

 

第二部は、井上さんが事前に作りこんだ何トラックもの音源を使いながらの演奏となる。井上さんのテクニカルチームが二日間にわたって最終調整をして本番に臨んだ。重層的で複雑なサウンドに、繊細な揺らめきや響きをもつ鑑さんのピアノとボーカルが織り込まれながら、一夜かぎりの音世界が繰り広げられていく。

 

1986年のNTTグループCFの「進化篇」および「ハナカマキリ篇」の音楽を、新しいアレンジで披露。「進化篇」は10分にわたる長尺バージョンがあり、カンヌ映画祭でクリオ賞を受賞している。写真は、ハンドドラムを打って「ハナカマキリ篇」を演奏する様子。

 

第二部「寄せ」の段は、「Rock Azaleas」と「黒織部」。「Rock Azaleas」(岩躑躅)は、かつてセイゴオがプロデュースした「本座」のコンテンツとして井上さんが連載した「芭蕉譜」のなかでつくられた曲。

 

太田の質問に答えながら、「黒織部」という曲は、セイゴオ好みを意識したものであるとともに、井上さんが憧れるデヴィッド・バーンが「もし織部を表現したら」というお題を自分に課してつくったというエピソードを明かす。

 

ピアノの傍らには、井上さんの著書『僕の音、僕の庭』やカセットブック『カルサヴィーナ』とともに、セイゴオが絵付けした黒織部茶碗「石州」「册」も展示していた。美濃の陶工・林恭助さんと共作したものだ。

 

「深入り」の段は、セイゴオと藤本さんのためのピアノ曲「Double Requiem」。二人を通して見えた世界へのレクイエムでもあると語る。ラストの曲は「Wordium」。「言葉の回廊」「言葉のミュージアム」をイメージした井上さんの造語であり重視しているコンセプトによって、「言葉の船」が静かに出航していくかのように、プログラムを締めくくった。

 

演奏会のあとは、ライブ参加者限定の、ワインと軽食の懇親会。音夜會マダムこと傳田京子さん(写真左)と、白百合醸造マダムの内田由美子さんが、当夜の趣向を案内。ご自慢の各種ワインとともに、ハロウィーンを意識した食材と色彩によるフィンガーフードを紹介。よくみると、料理のあいだに白いゴーストのようなものが……。

 

じつはアンチハロウィーン派だったゴースト・セイゴオがにらみを効かせる、ユニークな演出。津田一郎さんとの共著『科学と生命と言語の秘密』の帯に描かれたイラストを使って、内田さんたちが手作りで用意してくださった。

 

懇親会のなかで、演奏会では上映できなかった、井上さんとセイゴオによるNTTのCF、さらにミツカンのCF、NARASIAフォーラムの貴重な映像などを特別披露。お客様たちは料理を楽しみながら、食い入るように見ていた。

 

 

★玄月音夜會、次回第6回は、12月18日(木)、小室等さんおよび六文銭の皆さんをお迎えしてお届けします。