松岡正剛と杉浦康平を中心に、7年の歳月を費やしてつくられた空前絶後のブックコスモスを映像化。「本そのものが宇宙それ自体であるような一書」というコンセプトを繙いていくように、漆黒の一冊の隅々にまで配されたエディトリアル・デザインの極致をクローズアップしていく。冒頭の「回転する宇宙から話がはじまる」を構成のヒントにした。
カメラCANON R5 スコープカメラ
レンズSIGMA 50mm f/1.4 DG HSM/Art,
EF100mm f/2.8 macro,
EF24-105mm f/4 L IS,
RF24-105mm f/4 L IS
ライティングLEDライト 懐中電灯(LED) 自然光
動画撮影モードFHD 1920x1080 23.98fps
本書の巻末折込の銀箔の少年が手に広げている図版の帆船は、夜空の星たちの輝きを頼りに進路を定めているのだろう。そうであるならば、今回の撮影は何を頼りに進路を定めるべきか。
『全宇宙誌』への航海が始まったのは2022年の初春だった。ずっしりと重い本書を手に持ちめくっていくと、松岡さんと杉浦さんが7年もの歳月をかけてつくり上げた漆黒のブックコスモスが眼前に広がった。
その冒頭に松岡さんの「回転する宇宙から話が始まる」という言葉があった。圧倒的な図版を前にしてめまいを感じながら、すがるようにしてその言葉を頼りに航海を始めた。
《particles dance in mind》
音楽家。2015年 phrasey dance 『影向 yowgow』(田中泯+松岡正剛 PARCO劇場)、2020年『村のドン・キホーテ』(田中泯+松岡正剛 東京芸術劇場)および2022年『外は、良寛。』(田中泯+松岡正剛+杉本博司 東京芸術劇場)において音をつとめる。 本作ではマーティン・ガードナー、バックミンスター・フラーなど、『全宇宙誌』に言葉を寄せた科学者たちが宇宙を語る実音声を骨格に、本書のもつ情報力と引力の音化につとめた。
《sacrifice》《disturbing mind》《sekai no kizashi》
アーティスト。日常的な物や行為による微かな音、過去・現在・未来および架空の音風景を探求しつづける。跳躍的な想像と綿密なリサーチによって、あり得る/あり得た歴史などをテーマとした映像、パフォーマンス、インスタレーション作品を制作。国内外のギャラリー、美術館、フェスティバルなどで発表。
http://www.afewnotes.com
*作品(ギャラリーHPより)https://yukatsuruno.com/gallery/artists/mamoru
編集工学研究所デザイナー。Z世代として松岡正剛・杉浦康平の圧倒的な編集デザイン思想を継承するべく、言葉とイメージの関係を探求している。册影帖ではタイプディレクションと英文訳出を担当。宇宙線のように時代を超えて届く引用に相応しい文字や効果を検討した。
使用書体は「A-OTF太ミンA101 Pr6N」、「A-OTF UD黎ミン Pr6N」、「A-OTF 秀英初号明朝 撰」、「A P-OTF 凸版文久ゴ Pr6」ほか。
ドミートリイ・ショスタコヴィッチ 「ジャズ組曲」よりワルツ2番
ピアノ演奏:上杉公志
*JASRAC許諾番号:V-2219263
小口のフラムスチード天球図
本書の最大の見どころの一つ、小口に現れるフラムスチード天球図(本を左に倒せばアンドロメダ星雲が現れる)。厚さ約3センチ、384ページぶんの紙の束の“しなり”が一番美しく見える瞬間を撮影するために、試行錯誤を繰り返した。
本の夜空に光を当てる
本編映像では『全宇宙誌』に天文学者たちの言葉をプロジェクションしているが、この写真は、満天の星空へサーチライトを向ける人物を撮影した写真を、“本の夜空”にプロジェクションしてみたもの。このサーチライトと人物の写真は私が初めて天体望遠鏡で土星を見た日に撮影したものであり、宇宙への興味関心を強く持った特別な日でもあった。
回転する本の大銀河団
松岡さんによる前書き「[全宇宙誌]の前宇宙誌」の中で言及されている「円形の本」から着想を得て製作した、本の大銀河団。太陽光を動力にして回るターンテーブルを数台使用。光の当たり具合によって回転の速度や動き方が微妙に変わるため、なんとも愛らしい表情の変化を見せ、ずっと見ていても見飽きない。もっとも、松岡さんがイメージしていた「円形の本」はド・ジッターの円筒宇宙のような形であったようだ。
ミラーボール状の『全宇宙誌』
同じく「円形の本」から着想を得て制作した球体の『全宇宙誌』。ミラーボールを加工し、本書にはないスピン(栞紐)もつけて、書物らしさを演出した。松岡さんの手書きのシュレーディンガー方程式も見どころの1つ。さらに、映像ではジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が捉えた「ディープ・フィールド」の画像を投射している。
少年の瞳から始まる
冒頭の村上史郎さんの曲に合わせて制作した映像は、「少年の瞳から始まるビックバン」というストーリーを立て、そのイメージに合うように、すべてスコープカメラで撮影した。タイポグラフィを担当した穂積晴明さんは、「子供の頃に宇宙を夢想し布団の中でもぞもぞとしていた感覚」と言ってくれた。この写真は本編映像から切り出した、まるで観音様のような少年の横顔。
解体された『全宇宙誌』
撮影をはじめるにあたり、まずは一冊の『全宇宙誌』を断裁し、すべてのページを接写、複写することから始めた。そうすることで、少しでも『全宇宙誌』の全貌をとらえることができるのではないかと考えたのだが、最初のうちは溢れんばかりの図像や文字、細部まで精巧に組み上げられたブックデザインに、ただただ圧倒されっぱなしだった。
科学者たちが切り開いてきた宇宙
科学舎たちの初版本のキービジュアルをトレーシングペーパーに印刷し、透過する光で撮影。科学者たちが宇宙や自然の法則を解き明かして世界を切り開いてきた歴史を、畳み込まれたペーパーを開いていくというメタファーを用いて表現したかった。映像ではこのシーンに、松岡さんによる千夜千冊『エレガントな宇宙』の朗読を重ねている。
4種あった表紙カバー
本編映像のなかで紹介しているように、『全宇宙誌』には2種類の表紙カバーが存在する。ひとつは海野幸裕さんがデザインした透明プラスチックのカバーで、こちらが先に世に出た。後から出たのが杉浦康平さんのデザインによる黒地に金文字のカバーで、どうやら杉浦さんのカバーが刊行に間に合わなかったという経緯があったらしい。その杉浦さんのカバーデザインにはもともと4つの候補があったという。『全宇宙誌』の文字がマットな金のもの、金が赤味を帯びたもの、銀箔のもの、そして白ヌキのものである。杉浦さんのこだわりを感じるエピソードだ。この写真は工作舎が保管していた当時の色校を特別に撮影させていただいたもの。
全白から全黒への反転
工作舎に保管されている当時の色校正紙(映像では背景の一部に使用)。松岡によると、『全宇宙誌』の編集は色校正の段階に入るまで、ずっと白地に黒文字の状態で進められていたという。この写真にある真っ黒なインクで覆われた版面は杉浦さんの頭の中にしかないもので、松岡を含めた全編集スタッフは色校正紙を見るまで目にすることがなかった。すなわち、色校正紙の刷り上がりが「全白から全黒へ」と世界が反転した瞬間だったのだ。